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ベーブルースの故郷、ボルチモアの「カムデン・ヤーズ」 [メジャーリーグ観戦記2008]



西海岸のサンフランシスコから、シカゴを経由して空路を6時間、
東海岸のメリーランド州ボルチモアにやってきた。
それにしても、同じ国で6時間の移動距離…。やっぱり広い。

ずと君のたっての希望でもあり、
一気にアメリカ大陸を横切ってしまったわけだが、
無理をしてでも訪れたい魅力的な球場があるのだ。ボルチモアには。

ボルチモア・ワシントン国際空港から、アムトラック(列車)に乗り約25分で中心街に到着。
DAYS INNというホテルにチェックインした。



そのホテルからも徒歩5分ほどの所、
カムデン駅の目の前にあるのが、オリオールズの本拠地
オリオールパーク・イン「カムデン・ヤーズ」だ。
ここでは岩村明憲が所属するタンパベイ・レイズとの2連戦を観た。



1992年にオープンしたこの球場は、レンガと鉄骨をマッチさせた外観、
左右非対称のフィールドなど現在アメリカで主流となっている
「レトロ調ボールパーク」の先駆けといわれ、
その後のメジャーの新球場建造に多大な影響を与えた。



球場同様に目を引くのが右翼スタンド後方にある、
100年以上前から建つレンガ造りの巨大な倉庫。
球場外壁の役割も果たしているこの建物は、球団事務所やグッズショップになっている。

この倉庫と外野スタンドの間は「ユートゥ・ストリート」という通路で、
本塁から120m以上も離れたこの場所にホームランが飛びこむと、
打球の落下地点にその選手の名前と飛距離を刻んだプレートが埋め込まれる。
1993年にケン・グリフィーJr.(マリナーズ)の放った打球はこのビルの壁面にまで届いたが、
その位置にはボール型のプレートがさん然と輝いていた。



ここボルチモアは、アメリカ球界の英雄ベーブ・ルースの出身地としても有名。
球場の外野側の入口広場には銅像が建ち、徒歩5分ほどのところには
彼の生家が保存され、「ベーブ・ルース・ミュージアム」として公開されている。



内部にはベーブが生まれた部屋が当時のまま残され、
使用したユニフォームやバットなども展示されていた。



4月30日の昼間には、球場近くのスポーツバー「ESPN ZONE」で
オリオールズの選手のトーク&サイン会があるという情報を聞いたので、訪ねてみた。

登場したのは、今季ヒューストン・アストロズから
オリオールズに移籍してきたルーク・スコット外野手。



地元のファンには早くも「ルーク」のファーストネームで親しまれている。
日本で行われるトークショーと大体同じような流れで、前半20~30分ほどは
司会者によるインタビュー形式のトーク会。ファンからの質問コーナーも。
もちろん英語なので、あんまり意味は分からなかったが。そして後半はサインと握手会。



ここでも、私は色紙を差し出す。日本人だと知るや、
スコットは「知っている漢字がある」といって、一文字書き添えてくれた。
「奉」という字に見えるが、プレゼントという意味も含んでいるのだろうか。
ともあれ、日本人と知ってこういうサービスを即興でしてくれて、嬉しかった。

しかし、シーズン中で、しかも試合当日ナイターがあるにも関わらず、
こうしたイベントが開かれることは日本では例がないだろう。



夕方からは、球場で試合観戦。
さっそく、スタメン出場したスコットを全力で応援!(笑)



ホットドッグやピザには飽き飽きしていたので、
ちょっと違うものを…と思って買ったバーベキューサンドが、実に美味だった。

地元の野球ファンは、酒を飲みながら陽気に観戦している。
球場全体が広大な酒場というか、バールのような雰囲気である。



酒といえば、球場の売店でビールなどのアルコールを買うとき、
必ずID(パスポート)の掲示を求められた。 売り子は掲示を求めてこなかった。

アメリカは酒を飲めるのは21歳から。
州によっては年齢に関係なく掲示しなければならないらしいが、
やはりどうも、日本人は若く見えるらしい。

「いくつに見える?」と訪ねたら、19歳だと。
こんな脂っこくて無精ヒゲの似合う19歳が居るかってんだ。
いちいち面倒くさいが、仕方がない。



センターバックスクリーンの下にある
ブルペンを覗いていたら、投手コーチに投げ入れてもらった
メジャーの公式球をゲット! これは嬉しい。
こんな機会、日本の球場でもなかった。どんな土産よりも嬉しい。

あと1泊で米国旅行も終わり。あっという間だったなあ。

サンフランシスコのチャイナタウン [メジャーリーグ観戦記2008]

サンフランシスコでは3日間を過ごし、
少し街を散策する余裕があったため、その様子も書いておこう。

日中は、まるで真夏のような暑さ。
シアトルが気温6~7度と寒かったので、このギャップには参った。
陽射しが強いので帽子を買ってしまったほどだ。



サンフランシスコの繁華街から少し歩くと、
中国人達の密集するチャイナタウン(中華街)がある。

途中の公園あたりを境に、英語から中国語へと、
看板の文字が変わっていくのが面白い。
独特の文化圏が形成されている。



ブルース・リーが生まれた病院にも行ってみた。
墓があるシアトルに続き、生誕地のサンフランシスコにも
来ることができて、なんだか感慨深い。

今夜はここで夕食。



オリエンタルな雰囲気の店を見つけ、入ってみた。
日本の中華街にもよくある感じの、小さな中華料理店だった。
麻婆豆腐、肉と野菜の炒め物、春巻をつまみにワインを飲る。
連日、パンやらポテトばかり食べているので、時にはこういうのがいい。



さすがにビールは飽きたので青島を1本だけにする。
日本の中華料理店とさほど変わらぬ味・値段で食すことができた。
日本語を少し話すおばちゃん店員も居た。
色々サービスしてくれたので、チップを弾んでおく。



宿のあるパウエルまでは、ケーブルカーに乗って帰る。
日本の路面電車みたいな感じだが、少し趣が違う。
運転席が車両内にあって、黒人の運ちゃんが1人で
運転と運賃の扱いをこなしている。見事なものだ。

操作は実にアナログな感じで、
発車・停車時には「ジリリリリ」とベルを鳴らす。
周囲の店から聞こえてくるBGMに合わせてリズム良く運転する。



車内からのショット。風を切って街中を走る。気持ちがいい。




次の日には、日本料理はどんなものかと思い、専門店に入ってみた。
コメはどうやら日本のもの。シスコは海産物が名物なので、
エビも普通に旨い。変わったところといえば、
ブロッコリーとアボガドの天ぷらが入っていた。
味は違和感なく、まずまず。



友人のずと君は天ざるを注文。蕎麦もなかなか。値段はいずれも8.5ドルで、
850~900円ぐらいだろうか。日本とあまり変わらない。
日本食屋だけあって意外と普通で、いい意味で裏切られた。



店はパウエルという繁華街にある
「堂島庵」という日本料理レストラン。提灯がいい味を出している。
客層は日系人や現地の日本人、アメリカ人など多種多様。
店員は日本人らしき人も1~2人。

現地の人も、ちゃんとハシを器用に使って
カレーうどんとか、刺身定食を食べている人も多い。
こうして日本文化が受け入れられているのは、嬉しいような気もした。



昼時だったのだが、お銚子で日本酒をひっかける現地人もいた。
まあ我々もビールを飲んでいたが、
ジャパニーズ・サケも注文すべきだったか。
シスコの日本料理屋で昼間酒。オツなひと時であった。

サンフランシスコのAT&Tパーク [メジャーリーグ観戦記2008]

シアトルから空路で約2時間、次に到着したのは
カリフォルニア州のサンフランシスコ。

週末のせいもあるのか、シアトルに比べて
人通りが多く、賑やかだ。気温は22度とかなり暑い。



シスコは陽も長く、夜8時を過ぎてようやく暗くなりはじめる。
しかし、夜になると、気温はガクッと落ちる。


さて、ここでも宿(ホテルBIJOU)にチェックインして、まず向かったのは
サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地、AT&Tパーク。



空港からバートという鉄道に乗って30分、中心街のパウエルに出て、
そこから地下鉄「ミュニメトロ」に乗り、10分ほどで球場のすぐ前に出ることができる。
この日はさっそく、ジャイアンツ対シンシナティ・レッズ戦を観た。

ジャイアンツは、かつてはニューヨークを本拠地とし、
日本の「大日本東京野球倶楽部」がチームの愛称を借りて、
「東京ジャイアンツ」(現在の読売ジャイアンツ)になったのは有名な話だ。



AT&Tパークは2000年に完成した新しい球場。
ここに入場して誰もが最初に目に留めるのが、左翼席の上部にある
巨大なコカ・コーラの瓶とグラブのオブジェだろう。



グラブは岩のようにも見えるが、バークレーに在住の芸術家が皮で造ったもの。
本塁からここまでの距離は約153mもあり、さすがのメジャーリーグ界でも、
まだ誰もこのグラブに当てるホームランは打っていないらしい。



コーラの瓶はガラス製ではなく鉄骨造りで、
内部には4本の滑り台が通っている。
これは試合前、試合中、並べば誰でも滑ることができる。
場内には子ども用のバッティング練習場や
ケーブルカーもあり、まるで遊園地のような雰囲気だ。

AT&Tパークといえば、メジャー通算で762本という
大記録を打ち立てた強打者バリー・ボンズの「スプラッシュ・ヒット」でも有名。



右翼席の後方はサンフランシスコ湾の入り江になっていて、
場外へ出た打球はそのまま海に落ちて水しぶきを上げることから、「スプラッシュ・ヒット」と呼ばれる。
ボンズが在籍した昨年まではホームランボールを目当てに、
この入り江にボートを浮かべて待つファンも多数いた。

その数は、ジャイアンツの選手が打った場合に右翼フェンスの掲示板にカウントされ、
球場が出来てから2008年4月26日までの8年間で通算は45本。
昨年8月にボンズが打って以来出ておらず、しかも45本中35本をボンズが記録しているので、
まず滅多にはお目にかかれない。

ところがこの日(4月27日)は出たのである。46本目の「スプラッシュ・ヒット」が!
5回裏、ジャイアンツの1番打者フレッド・ルイスが、
レッズのマット・ベライスルから放った一撃は、
瞬く間に右中間スタンドを越えて水しぶきを上げた。



打球の行方はしっかりとオーロラビジョンに映し出され、
右翼後方の柱からは噴水が上がる。
ちょうどこの回、ジャイアンツは3-5と2点を追う展開。
1点差に迫る貴重なソロにファンは大喜び。
場内は興奮のるつぼと化し、うなるような歓声が数分間は鳴り止まず。

試合は乱打戦となり、9-10でレッズが勝利。
日本人投手の藪(元阪神)も中継ぎとして登板し、2回と1/3を投げた。
それにしても、貴重な一打を目の当たりにできて幸運だった。
ちなみに、友人は席を離れていて見逃した(笑)。

シスコでは3泊し、レッズ戦を2試合、コロラド・ロッキーズ戦を1試合と
計3試合を観戦した。



シアトルでは時間もなくてダメだったのだが、
ここでは、何人かの選手のサインをもらうことができた。
写真は、試合後にダグアウトで即席サイン会を開いてくれた
ジャイアンツの若手、エウジェニオ・べレス。



その他にも、リッチ・オリリアや、レッズのマイク・リンカーン、
ロッキーズのウバルド・ヒメネスなどからサインを貰うことができた。
色紙を持参して行ったのだが、やはり色紙は日本独特のものらしい。
現地のファンは、やはりボールやバット、Tシャツなどにもらっていた。

念願の地、シアトルを初訪問。 [メジャーリーグ観戦記2008]

8時間のフライトの末、念願の地、シアトルへ到着。
アメリカ北西部にある、ワシントン州最大の都市だ。



シータック空港からバスで約30分。ダウンタウンに到着し、
エグゼグティブホテル・パシフィックにチェックイン。
飛行機内でほとんど眠れなかったこともあり、
時差ぼけに苦しんだが、気力をふりしぼって動く。



まず、最初に訪れたのが、
市街地からバスで15分ほどの距離、
レイクビュー・セメタリーにあるブルース・リーの墓。

今回のアメリカ旅行は、友人のずとに
メジャーリーグ観戦に誘われたのがきっかけだったが、
私は、次にアメリカを訪れるときは、必ずシアトルへ行き、
ここに来ることが目的だったので、わがままを行って、来てしまった。
ブルース・リーの墓でのことは、こちらに詳しく書いておいたので、ご興味のある方はどうぞ!




そして夕方からは、もちろんセーフコフィールドへ。
マリナーズ対アスレチックス戦を観る。

かつては元ベイスターズの大魔神・
佐々木主浩が在籍するなど、日本人にもおなじみのマリナーズ。

その本拠地球場は空港から向かうと
ちょうどダウンタウンの入口付近に位置する。
市街地からはバスで10分程度、歩いても25~30分の距離だ。



今年は特別に寒かったようで、4月下旬にも関わらず、
冬並みの寒さを感じた。球場に向かうマリナーズファンも、
パーカーセーターなどで防寒対策をしていた(気温は5~6度)。



球場に着いて見渡すフィールドとスタンドは、独特の重厚感と美しさ。
アリゾナにある「チェイス・フィールド」に次ぐ、
世界で2番目の開閉式の屋根付き天然芝の野球場で、
上空にある3枚の鋼鉄板も、その雰囲気づくりに一役買っている。

シアトルは雨の多い都市だが、約20分で開閉できるこの屋根のおかげで、
屋外球場の雰囲気を保ったまま1年中野球が楽しめる。
日本の福岡ドームの屋根も開閉式だが、
セーフコフィールドとは異なり、ほとんど試合中は閉じられている。



さっそく買ってみたのが長さ30cmもある、FOOT LONG ホットドッグ。
9ドルとやや高価だったが、これも本場流と思い、かぶりついた。
しかし、長すぎて食べにくい(笑)。



7年ぶりに生で見る、イチローの勇姿。
この日も1番・中堅で出場したイチローは4打数1安打1盗塁と活躍。
もう一人の日本人選手、城島も7番・捕手で出場したが、2打数無安打だった。

試合はマリナーズ先発のバティスタが初回に3点を失うという乱調もあり、
3-4でアスレチックスに敗れた。



さて、試合中に探したのが、イチローにちなんだ、
名物の「イチロール」という食べ物。
しばらく球場内の売店を探し歩くうちに「Sushi & Sake Ichiroll」という看板を発見!

その案内に沿って歩いていくと、寿司の売店が。
さっそく問題の「イチロール」を購入だ。
その正体は、簡単にいえば寿司、それも海苔巻き。



売られていたのはイチロールのほかに、
割とマトモな握り寿司の盛り合わせとか、
握り寿司とイチロールのセットみたいな物もあったが、
迷わず「イチロール」の一点買い。

右上に映っているのは、サケ(日本酒)である。
サケを頼んだら「HOT?(熱燗か)COLD?(冷やか)」と聞いてくれた。
ここの店員の金髪ねえちゃんたちは結構愛想が良かった。
球場は非常に寒かったから、迷わず熱燗を選択。
イチロールが9ドル、サケが7ドル。ちょっと高い。

問題のイチロールとは、簡単にいえば海苔巻きなのだが、
カリフォルニア巻きのような形で海苔は内側に巻かれている。
具は、アボカドだかキュウリだかの欠片と、
ネギトロを唐辛子であえたようなものが混じっている。

で、これがまたすごく辛い!
辛いものには結構自信があるのだが、
飲み物なしでは食せないほどのカラさである。

たまらず熱燗で流し込むのだが、熱燗がまた辛さを引き立てる(笑)。
でも寒さで冷え切った身体が、おかげで随分と温まった。
米は日本のものらしく、モチッとした感じで、
味自体はそんなに悪くなかった。

なんでこんなに辛いのかは知らないが、
この辛さも結構、クセになりそうな感じだ。
が、まあ、次にここを訪れたときに食すかどうかは分からない(笑)。



イチロー本人は、食べたことがあるのだろうか。
アメリカは契約社会だから、本人のもとには
いくらかロイヤリティが入っているのは確かだろう。

メジャーの球場で熱燗にスシ、
なかなか不思議な味わいで、乙なものではあった。

名残惜しいが、シアトルとは1泊でお別れ。
明日はサンフランシスコへ移動だ。

海外逃亡三日前… [メジャーリーグ観戦記2008]

週末から、久々に海外へ行く。
そのため、必死で仕事と格闘しているところ。



このチケット写真を見れば、どの国へ行くかは大体お分かりだろう。
そう、メインは念願のメジャー・リーグ観戦
念願…とはいっても、私は15年ほど前にも
ニューヨークヤンキースvsアスレチックス戦を観たことがある。

ただ、その時は団体旅行パッケージツアーだったし、
メジャーの選手にもあまり興味がなく、とにかく寒かったのと、
ホットドッグがまあまあだったことだけが印象に残っている。



当時のチケットが出てきた。
1992年5月15日だって。ああ懐かしい。



写真も出てきた。なぜか球場では撮らなかったみたいで、
全然違うところだが、若いというか、青臭いなあ…。

今回の旅行、メインは野球観戦なのだが、
それ以外でも一生に一度、絶対に行ってみたいと思っていた、
もうまさに、私にとっては「聖地」ともいえる場所を
訪ねることができそうだ。

場所はシアトル…。
シアトルといえば…さて、どこでしょう?

柴又で昼間酒 [グルメ・呑み喰い処]



「男はつらいよ」の寅さんの生まれ故郷、柴又。
雨の日曜、友人を呼びつけ、昼間から酒でも飲むことにする。



雨は止んでいたが、帝釈天の参道は
時間が早いこともあって日曜にしては人が少なかった。
しかし、のどかな風情があり、本当にいつ来ても良いところだ。
まず草団子で有名な高木屋(http://kakutei.cside.com/food/takagiya.htm
に入り、団子を肴に瓶ビールで一杯やりながら時間をつぶす。



駅前で ずと君と合流し、参道の蕎麦屋「やぶ忠」へ。
古くからの飲食店が多く、昼間酒にも最適な街である。
蕎麦屋のツマミは、酒飲みにとって実に魅力的である。



ここは初めて入ったのだが、この味噌田楽が旨いのなんの!
玉子焼きはかなり甘くて飽きてしまったが、
天ぷらの盛り合わせは結構いけた。

もちろん、最後は「せいろ」で〆る。
この蕎麦もまた、田舎風でありながらコシがあって旨かった!
柴又はすっかり観光地ではあるが、本当に旨い店も多いのだ。



蕎麦を喰っても、まだ陽は高い。
次に柴又駅前にある「春」という居酒屋に入ってみた。
この店は前々から気になっていたのだ。

土日は13時からの営業という、酒飲みには有難い限りの店である。
入ってみると、横に細長いカウンターだけの小~さな店。
でも、これが妙に落ち着けるのだ。
切り盛りするのは愛想の良い、美人の女将さん。



煮込みに使っているネギの質を見れば、
料理のレベルが分かるというもの。料理自慢の店だ。
茨城から観光で来たという4人組のオッサンたちや、
常連客とも適度に会話を楽しめた。

ビックリしたのが、ここは「寅さん」こと
渥美清ゆかりの店だったということ。
店内に写真が貼ってあったので、もしかして…とは思ったが。

渥美さんは、柴又での撮影の合間に、よく立ち寄っていたらしい。
酒は飲まなかった渥美さんだが、お茶を飲み、
納豆オムレツをつまみながら、時間をつぶしていたのだとか。

その納豆オムレツ、ぜひ食べてみたかったのだが、
先に玉子焼きを食っていたし、腹もだいぶ膨れていたので断念した。

さらにビックリしたのが、女将さんのひと言。
「渥美さん、あなたの座っている席にいつも座っていたんですよ」

…なんという偶然! 寅さんファンの私である。
もう感激。

残念ながら、私は渥美さんを生で見る機会はなかったが、
まさにこの場に渥美さんが座っていた…と考えると、
その面影がありありと甦ってくるようで、 不思議な感覚に陥り、感無量だった。
柴又らしい人情味のある、いい店を見つけた。また行こう。

ごちそうさまが、なぜ言えない? [日記・雑感]



先日、笹塚で食したC&Cのカレー。
C&Cという京王電鉄が経営するカレー屋のカレーは結構な好物だ。
チェーン仲間のココイチも嫌いではないが、
コクと旨みはC&Cのほうが上だと思う。

ところで、カレー屋とか牛丼屋とか、
立ち食い蕎麦屋でも良いのだが、
この手の店で外食するといつも思うのは
「ごちそうさま」のひと言もいわずに出て行く人が多いなあ、ということ。

食券を黙って渡し、料理が出てきたときも黙って受け取り、
食い終わったら黙ってスーッと出て行く…。
なんか、不自然な感じがしてならないのだ。

いくら代金を払っているとはいえ、
人様に料理を作ってもらい、汚した器を洗ってもらうのだ。
「お願いします」とか「ごちそうさま」の挨拶もできない?

店員の立場になって考えると分かるはずだが、
黙って出て行かれるよりは、何かひと言あったほうが
嬉しい気持ちになるに違いない。

言うまでもなく、相手も人間である。
黙っていても料理を吐き出すロボットか何かだと思っているのか。
その手の人は、ゲーム世代というか我々の世代にも結構いるが、
団塊世代のオッサンたちにも物凄く多い。

「あいさつはキチンとしなさい!」と
躾けたり躾けられたりしてきたであろうはずの世代なのに、
公共の場における基本的な姿勢がなっていない。

コンビニでもレストランでも同様。
レジで金を払ったからといって、黙って去るのはいかがなものか。
アルバイトだろうとなんだろうと、そこに居るのは人である。

ただ面倒くさいだけなのか、
はたまた何も考えていないだけなのか。
単に傲慢な人間が、世の中にはそれほど多いということなのか。
どうしてなのだろう? 不思議でならないのである。

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