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野沢温泉にて。 [温泉・名湯]



冬の飯山線
雪が、なんともいえぬ幻想的な景色を作ってくれている。

越前・金ヶ崎での仕事を終え、退却ついでに信濃回りで帰ることにする。
が、名残惜しさにもう1泊したくなり、長野から向かった先は野沢温泉
昨年10月にも来ているのだが、二度目の訪問となる。

前回は取材で来たので、外湯に浸かることが
できなかったのだが、今回はたっぷり満喫した。



冬の温泉街もまた魅力。
道祖神まつりの名残りで、
大湯の前には提灯がいい具合に灯っている。



外湯のひとつ、上寺湯。



夜は例によって居酒屋へ行き、馬刺し、あん肝などを食した。
「縁喜」(純米)という地酒が旨かった。
なかなか魅惑的なカットでしょ、と自画自賛。



馬刺し。



夜中、ライトで照らし出される大湯の外観。

金ヶ崎で購入した・お市の小豆袋 [城・史跡]



越前敦賀で、金ヶ崎城跡の古戦場に立ち寄った。

織田信長が朝倉義景を攻めた折、
背後から浅井長政の軍に襲撃されそうになり、
殿軍の奮戦で危機を脱した戦闘の舞台だ。
http://kanegasakigu.jp/

小さな山城ながら、高台から観る敦賀湾が見事で
なおかつ信長・秀吉・家康が揃ってこの地に
立ったのだと思うと独特の感慨があった。



このとき、浅井長政に嫁いでいたお市が、
兄・信長に小豆袋を送って危機を知らせたとの俗説があるが、
城跡の神社ではそのエピソードにちなんだお守りが売られていた。
「難関突破のお守り」とある。

なるほど、普通の形のお守りではなく、
両端を縛った小豆袋があしらわれ、
中には詰め物と一緒に、アズキも一粒入っているという。
歴史好きにとっては嬉しい、気の利いたグッズではないか。

例によって、1つ余計に買ってきたので、
何かの折に景品としよう。
歴史好きの諸君、次の飲み会をお楽しみに(笑)!



私としては、この手の「幟」(のぼり)も
ぜひとも欲しいのだが、なかなか
こういうのは販売していないんだよなあ…(笑)。

え、そんなものより横の巫女さんが気になる?
いや、ご尤も。

福井・敦賀の居酒屋と、「ヨーロッパ軒」のソースカツ丼 [グルメ・呑み喰い処]

ある取材で訪れたのは、福井県の敦賀という港町。
金沢などと同様、魚がうまいことで有名。
戦国好きには「金ヶ崎の退き口」で有名だ。

急遽だったため、夜に東京を出て、
新幹線で米原まで行き、そこから急行に乗り換えて北陸道へ。
北陸へ入ると窓の外は雪、である。普通に降り、積もっている。

関東の人間だから、雪に接しなれていないので、
雪を見ただけで、なんだか嬉しくなってしまう。

さらに駅を出ると、イルミネーションがなされており、
まるで年末に戻ったかのような錯覚を起こしそうになる。
駅前には温泉は無いし、宿で原稿を書かなくてはならないので
今回は普通のビジネスホテルへ。

この日は着いて寝るだけ。すでに夜11時を回る頃だったが、
例によって、旨い地酒を求めて居酒屋へ。



駅前の「一番」という焼鳥屋に入り、地酒を2~3杯呷る。やはり純米がいい。
純米ならば、いくら飲んでも二日酔いしない。
私としたことが、旨かったのに銘柄を忘れてしまった。



「酒を飲むなら、これがいいよ」と
店の親父に勧められたのは、鯖の「へしこ」というもので(右端)、
鯖の切り身を塩漬けにした若狭の保存食。
これを焼いたものが、塩気がたっぷりで、酒の肴にすこぶる良い。
ただ問題は、酒が進みすぎることである。

串焼きは、焼きスズメ(写真)があったので、それを食べる
普段は好んで食べようとは思わないが、これは珍味だ。
満足して宿に戻り、眠りに就く。


そうそう、あと福井といえばこれ。
翌日の昼に、町の名物として知られる「ソースカツ丼」を食した。



ソースカツ丼は、東日本、北日本を中心に各地が名物にしているが、
ヨーロッパ軒」というところで食したこれは、
今まで経験したこともないようなカツであった。

「ミックス」というのを頼んだら、
豚だけでなく、チキン、メンチカツも一緒に乗ってきた。

衣が極端に薄く、肉とほぼ一体化しているような感じだ。
ソースも薄口で、醤油に近いようなアッサリしたもの。

個人的には新潟で食べたのが好きだが、
これはこれで良いと思う。かなり気に入った。また食べてみたい。

武田信玄公認の湯治場、下部温泉の「源泉館」 [温泉・名湯]



山梨県下部温泉をご存知だろうか。
今夜は、そこに泊まっている。
宿として選んだのは、「古湯坊・源泉館」という、
湯治場としては1200年もの歴史を持つ旅館

「信玄の隠し湯」を自称する温泉地や宿は、
甲信地方に数多いが、ここは唯一といって良いぐらい、
信憑性の高い温泉地である。



写真のように、武田信玄から与えられた免許状が、
証拠として残っているほどのところだ。(写真は複写)

また、川中島の合戦で負傷した多数の兵の命を
救ったことに対する馬場信春の感謝状や、
武田家滅亡後にこの地を支配した徳川家による
免状も現存している。なんともすごい。



温泉は、冷泉といって良いぐらいのもので、
30度ほどの源泉が、地下の岩からブクブクと湧きだしている。

通常、温泉といえば、源泉を浴槽に注ぎ込んだり、
低い源泉を沸かして入るのが常だが、
ここの風呂は、風呂自体が源泉地となっていて、
そのまま浸かることができる、なおかつ混浴という、
昔ながらの、全国でも珍しい風呂である。

これが、実に信玄の時代から、
まったく浴槽の位置が変わらぬままで
現存しているというから、感心するばかりだ。
戦国時代の人々と同じ目線での入浴である…。

源泉は温度が低いので、プールのように長く入っていられる。
身体が冷えたら、隣にある沸かし湯の浴槽と交互に入るのだが、
これがまた本当に気持ち良くて、
1時間でも2時間でも入っていられそう。
2度目の来訪なのだが、ここに来て本当に良かったと思わせる温泉だ。



館内の客室には、馬場美濃守、山本勘助、
山県三郎兵衛、横田備中という具合に、武田二十四将の名がついている。
廊下には武将たちの肖像画も。
こりゃあ武田ファン、戦国好きにはたまらん宿だろうて。

年配の仲居の態度はかなり無骨で、粗雑なのが難だが…。
ある意味、この宿には合っているのやも(笑)。

湯上りに甲斐の地酒を飲み、極楽気分。
いい湯に入ると眠くなる。ああもう眠い。

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