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生活感を刻むということ。 [日記・雑感]

神奈川県内ではあるが、引越しをした。

新居に住んで早や1週間が経とうとしている。
慌しい日々が過ぎ去ると、当然のごとく
放っておいた諸々の仕事や雑事が押し寄せ、
否応なく現実へと引き戻される。

引っ越した始めの数日間は、
他人の家か民宿にでも泊り込んでいるようだったが、
それを過ぎると、徐々に「自分の家」という
感覚になってくるから不思議だ。

とくに飯を炊いたり、やかんで湯を沸かしたりすると
その感覚は強まっていくように感じた。
まるで白い紙を絵の具に染めていくような。
これが家を我が色に染める、生活感を刻む、
ということなのだろう。

すぐ近所に3軒の銭湯を見つけ、 そのうち2軒に早速行ってみた。
番台のある昔ながらの一軒家銭湯と、
マンションの1Fを利用して作った、
小さいが設備は新しいタイプの銭湯だ。

鶴見周辺には、こうした下町らしさが残っている部分が多い。
子どもの姿を見かけなかったので、
落ち着いて風呂に入れたのは好ましかったが、
一方で、今の多くの子どもたちは銭湯を使う機会など
ないのだなあと改めて思った。

銭湯とは赤の他人が裸の付き合いをする場所、
体だけではなく、心の洗濯をする場所でもある。

ドタバタ走り回ったり湯船に飛び込んではいけない、
後から入る人に湯船の場所を空けてあげる、
などという公共マナーを叩き込まれる所でもある。

そういう場所を経験しないで済むのが、
今の若い親や子どもは当然であり、幸せなことと思うかもしれないが、
世の中にとっては、大変な不幸なのかもしれない。

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