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哀悼…川本喜八郎氏。 [三国志・中国史]

8月23日、人形美術家の川本喜八郎先生が亡くなった。

先生は、2年ほど前に病気を患って入院、
心配していたのも束の間、ほどなく元気になり、再び多忙の日々を過ごしておられた。
だが、聞いた話では、この夏に体調を崩されて再入院、
その時は比較的お元気だったそうなのだが、結局…帰らぬ人となってしまったようだ。

あまりに急な報に接し、悲しい、寂しいと思うより、ただショックを受ける。
同時にさまざまな思い出が胸に去来した…。

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(自宅兼アトリエにて。手前は劉備人形。他は左から伊籍、宦官の蹇碩、劉備の母)

川本先生は、NHK人形劇「三国志」や「平家物語」を
はじめとする映像やドラマに登場した人形の生みの親。

今でこそ、「三国志」には様々な映像作品が存在しているが、
1980~1990年代で映像作品といえば「人形劇三国志」以外、皆無と言って良かった。
私がその存在を知ったのは、本放送時がとうの昔に終了した平成元年頃、
高校生の時分だったが、その頃にはレンタルビデオが出ており、
しばらくして、衛星放送などで再放送もやっていたので食い入るように観た。

吉川英治の小説、横山光輝の漫画は読んでいたが、
人形劇は、当時の私の「三国志熱」に別の角度から火を注いでくれた。
その人形たちの優美さ、躍動感たるや独特の色気と魅力があった。

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(2007年8月、川本喜八郎人形美術館でのイベント控え室にて。
 周瑜と曹操。川本先生は、大の曹操ファンでもあった)

小説や漫画も数少なかったが、それらで知った
曹操、劉備、諸葛孔明をはじめ、多くの脇役たちが「動く姿」を、
目の当たりにできるのは、当時「人形劇」だけだったのだ。

100828 (7).JPG
(同じく飯田にて、魯粛)

時が経ち、
その「生みの親」と、束の間ではあったが、
公私両面でお世話になる幸運に恵まれた。

きっかけは公の日記では省くが(知りたい方は飲んだ時にでも)、
初めてお会いしたとき、小柄な先生がとても大きく見えた。
しかし、決して圧倒されるわけでもなく、その穏やかな雰囲気に親近感を覚え、
普通にお話をさせて頂いていることを、不思議に感じたものである。

若いころは、割と血気盛んな一面もあったとも聞くが、
私の知る先生は、お会いした時には御年80の手前だったこともあって
三国志でいえば、水鏡先生(司馬徽)のような物腰の人である。

自宅兼アトリエにも2回ほどお邪魔した。
2007年8月には、長野・飯田市の人形美術館でのイベントで、
ともに仕事をさせて頂いたのは、一生の思い出だ。

100828 (10).JPG
(2007年8月、飯田の美術館・人形操演イベントでの練習風景)

このブログでも書いたが、その後2008年12月、アトリエにお邪魔した。
このとき、公開されたばかりの映画「レッドクリフ」を
既に観に行かれていて、その話で盛り上がった。
「趙雲はあんな田舎者顔じゃないですよね」とか、
「周瑜と孔明は、もっと仲が悪くなきゃ!」と笑っていたのが印象的だ。

それが、最後になろうとは。

以前から「やりたい」と公の場でも発言されていた通り、
アトリエには構想中だった「項羽と劉邦」の登場人物の頭が並んでおり、
「これを世の中に出すために、もっともっと長生きしなくちゃね」と、
ニコニコしながら話しておられてたことも思い出される…。

また、三国志の人形も「美術館や倉庫にはあるけど、アトリエに無いと寂しいから」と
言って、新たに作り直している人形もあった。
それらのほとんどには胴体がなく、頭のみの状態で並んでいて、
まだ命を吹き込まれる前の段階であり、出番を待っているように見えた。

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(これらはわずかに胴体の付いていた人形。左から…曹豹、甘夫人、荀攸)

話をしていると、とても80歳を超える人とは思えぬほどに情熱的で、
まさか、2年後に亡くなってしまうなんて思いもしなかった…。

100828 (12).JPG

これは、2007年5月に行われ、先生はトークショーに出演された「三国志の宴2」。
その少し前に、私は主催者の「赤兎馬」(三国志Tシャツ専門店)の柄沢さんと知り合ったことで、
先生がこのイベントに出演されると知り、5~6年ぶりに再会することができた。
そんなきっかけを作ってくださった、赤兎馬さんには本当に感謝している。

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このイベントでは、多くの三国志ファンが、
出番を終えた先生の周りに、サインや記念写真を求めて集まってきて、
人形劇の影響力が健在なことに、嬉しさを覚えたものだ。

おそらく、最近三国志ファンになられた方で、
「人形劇三国志」をご覧になっていない方も、結構おられるのではないだろうか。
ぜひ、時間のある時に、一部でも良いのでDVDなどでご覧になってみて欲しい。

ストーリーはあくまで子供向け、蜀が善玉で、魏や呉は悪役とされているので、
三国志の価値観も多様化した今観ると、物足りなさや違和感を覚える部分も多いが、
昭和のころの、「ブーム黎明期」における三国志の描き方を知るのも、悪いことではないと思う。


少し、話がそれたが…。
先生の言葉で、抜粋ではあるが、もう少しだけ印象に残っているものを記しておこう。

「人間の役者は、何の役でも演じることができるけど、
 その役のために生まれて来て、役目が終われば姿を消す、
 そんな健気なものが、人形なんです。
 だからこそ、孔明にしても、今でもそのイメージが崩れずにいられるのかな。
 人形劇で、五丈原で孔明が死んだとき『本当に孔明が死んだ』と観る人は思ったでしょ。
 人形には命が宿るんです。それが凄さでもありますよね」

役目が終われば姿を消す…人形はそれで良いが、
川本先生は、偉大なる功績を残しながらも、まだまだやりたいことが多かったはず。
この世で果たす役目は、山ほど残されていた。
本当に残念に思うし、本人もご無念であったことだろう。

人形美術という世界的なジャンルではもちろん、
我々歴史好き、三国志ファンにとっても、大変な損失だ。
8月23日は、「三国志演義」における諸葛亮の命日。
個人的なことを言えば、この日は妻の誕生日でもある。
実は、妻は私以上に川本先生と交流が深かったので、つらいと思う。

また機会があれば、
川本先生との会話…人形の裏話などもあるので、
公開できる範囲で回想し、綴ってみたい。

今はただ、安らかに眠ってほしい。川本先生、本当にお世話になりました。


(最後にアトリエにお邪魔したときの日記)
http://tetsubo.blog.so-net.ne.jp/2008-12-16
(飯田市の美術館イベント)
http://tetsubo.blog.so-net.ne.jp/2007-08-12
(三国志の宴2)
http://tetsubo.blog.so-net.ne.jp/2007-05-28

(公式サイトの人形ギャラリー)
http://www.sakuraeiga.com/kihachiro/gallery.htm
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